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JMPで高齢者ドライバー問題について考える

JMP統計学

高齢者の交通事故がニュースになりました.自分でも自転車に乗るので真っ二つになったフレームを見たときは冷や汗が出ました.連休間近の事故に犠牲者はもとよりご遺族のご無念痛み入ります.この報道で,改めて高齢者ドライバーへの風当たりが強くなっていますが,JMPerのわたしたちとしては冷静にデータをもとに思考すべきです.警視庁の交通事故統計表をもとに自ら分析されている方もネットで見受けたりしたので,わたしもちょっとやってみました.最初に結論(というか途中結果)を提示します.というのも,bloggerに越してからできるだけ冒頭にグラフィックスを出すことにしているからなのですが.このグラフについては以下で説明します.

まず前提として近年では交通事故そのものは漸減しています.e-Statにある「平成30年中の交通事故死者数について」を読んでみると,昭和45年をピークにして交通事故発生件数,負傷者数,死者数で平成30年でそれぞれ60%,53%,21%になっています.発生件数に比べて負傷者数が低いのは自動車の安全技術の進歩によるものでしょうし,死者数が大幅に低いのは医療技術の進歩によるものでしょう.素直に素晴らしいと思います.

高齢者ドライバーの交通事故について分析するならば,データはこの警視庁のデータしかないのですが,いろいろと解釈された結果が出回っています.代表的なのが,内閣府のHPで掲載されている「高齢者に係る交通事故防止」です.ここの図10はあちらこちらのマスメディアで参照されているので,どこかで目にされた方も多いのではないでしょうか.これによれば免許人口10万人あたりの死亡事故件数は平成28年で75歳未満が3.8件なのに対し,75歳以上で8.9件と倍以上になっています.一般論として,視力が弱まったり反射神経が鈍くなることをあげて,だから高齢者は死亡事故を起こしやすい,と誘導しています.棒グラフは誰にでも理解しやすいグラフですから,これを見ればその通りと思う人も多いでしょう.

ほとんどのマスメディアもこの論調ですが,この一方で,こんな記事「高齢ドライバーの事故は20代より少ない 意外と知らないデータの真実」もあります. 2016年の記事ですが,同じ警視庁のデータから別の結論を出しています.両者は数年のズレはありますが,ほぼ同じデータから導かれたものです.この矛盾は三重大学の奥村先生がTwitterdで指摘されていましたが,私も数年前にこの記事を読んだ際に,おやっと思ったのを記憶しています.高齢者ドライバーの事故への対策が急務であるとしながらも,著者の市川さんは医療ジャーナリスとして認知症に気づかないままに運転してしまう人への対策を問題提起されています.データに基づいて「どんな年代の人に,何をすべきか」を冷静に考えていくことこそが大事,という意見には同意します.

しかしながら,このブログでは「データとはグラフではない」ということは強調しておきたいと思います.というのも,上記の記事でデータとして掲載されているのは,警視庁のレポートにあるグラフそのものなのです.本来データとはJMPで言えばテータテーブルだけです.それをもとに描いたグラフはデータではありません.例外的に,上手く抽象化された可視化のグラフはデータ以上の価値はありますが,視覚化のグラフではそこに分析者の思惑があることは『統計的問題解決入門』でも指摘した通りです.ですから,上述の矛盾を解く鍵はデータに直接あたるということにあります.

早速,当該データをe-Statからダウンロードしてグラフを描いてみました.そうするとこのデータを可視化するには棒グラフでは問題があることにすぐに気づきます.binサイズが一番左では16-19歳の4年間で,一番左が85歳以上ですから,サンプリングが偏っています.仮に95際までの10年間として区間平均を横軸にとった散布図がこれです.

このグラフで目を引くのは,若年層と高齢層の事故増大よりも,むしろ40-50歳あたりのギャップです.10万人あたりの事故件数なので,人口の構成比率の変化によるものではないし,何か理由があるのでしょうか.経済的な余裕ができたペーパードライバーが運転し出すのがこのあたりだと聞いたこともありますが,実際はどうなのかは他の年のデータとも付き合わせた考察が必要です.

自分でグラフを描くことによって先ほどの謎もその正体が見えてきます.棒グラフのbinサイズを色々と変えたグラフを下に示します.

重要なことはどれもが同じデータをもとに書かれたグラフということです.随分と様子が違いますね.内閣府のグラフが75歳以上を一括りにしたbinを表示したことの無謀さがお分かりでしょうか.但し,国民を誘導したいという意図があるならば,視覚化のグラフとしてはなかなかのものです.上に示した可視化の折れ線グラフの方からは,たしかに85歳以上の高齢者の事故は増加するが,それ以下ではむしろ20歳以下の若年層の事項の方が多いことがわかります.

とは言っても,他にも考慮しなければならない要素はたくさんあります.若年層であれば,事故は原付やバイクによるものが多いので車両の安全性が低いこと,運転技量が伴わない無謀運転など.高齢者の場合では,運転距離が長い職業ドライバーとか,年金生活になって安全性の低い軽自動車に乗り換えた方が多いであろうことなどが考えられます.死亡事故件数に限れば,若年層ではスピード超過,高齢者層では高速道路の逆走や今回のようなアクセルとブレーキの踏み間違えのような重大事故に繋がり易い原因が多いということも考慮しなければなりません.

何れにしても,今のデータだけではこれらについての考察は困難です.そこで一つの仮説立てて見ます.一定の割合で事故を起こす人がどの年齢層にもいて,リスク予知能力が年齢とともに変化するという仮説です.この仮定のもとでは.事故を起こさないという自信がある人の割合が年齢とともに変化するというモデルが成立します.若年層では事故など恐れない人が16歳になるとすぐに免許を取得するし,高齢層では自分は事故など起こさないという自信がある人だけが免許を返納しないという構図です.MS&AD基礎研究所というところがあって,現在はMS&ADインターリスク総研の基礎研究本部と改称した調査会社による2017年に運転に対する自信を調査した結果では80歳以上で72%もの人が「運転に自信がある」と回答したということもこの仮説を裏付けています.30-64歳では40%程度の人しか自信がないので,高齢者は自信過剰と受け取られてもおかしくないですね.ですけど,高齢者の中にもタクシードライバーのように本当に運転が上手かったり,今まで事故を起こしていないというバイアスもあるでしょうから,当たり前の結果なのかも知れません.

何れにせよ,この仮説を検証するならば,運転免許保持者と事故発生件数との間に何らかの関係が出てくるはずで,それを検証したのが冒頭のグラフでした.「二変量の関係」で対数変換してあてはめると以下のようになります.
Log(免許人口10万人当たり死亡事故件数(平成29年)) = 2.1434932 – 1.3563e-7*免許保有者数 + 1.943e-14*(免許保有者数-5471748)^2
R二乗は0.96ありますが,この段階ではだからどうだと言われると困るのですが,考察を進める価値はあるのではないかと思っています.

データが不足していることもあって,このブログでは高齢者ドライバーの問題については結論しません.ですけれど,JMP初心者の方もここをご覧になっていると聞いていますので,以下のことをメモしておきます.

1.データをもとにも考察するときは人の描いたグラフではなくデータそのものにあたること.
2.棒グラフはbinサイズに注意すること.
3.グラフを描いてそれから仮説を立てるのとは逆に,先に仮説を立ててそれをグラフで検証するというのも面白い.

それでは10連休をご無事にお楽しみください.

統計的問題解決研究所

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