競技中の薬物使用は古代ギリシャにもありましたし,ライバルの闇討ちまでしたそうですから,勝つために手段を選ばないアスリートは昔からいたようです.自ら知らずしてドーピングされて組織の犠牲となった選手もいるので勝利に固執するのはアスリートの責任だけではないのですけどね.
いずれにせよ二値判定なので,何かしらの線引きが必要です.セメンヤさんの話でも,ホルモンの値で資格を判別するならば,生まれながらに背の高い選手もバスケットボールの試合での参加を制限すべきというのはその通りにも思えますね.そもそもスポーツなんてのは技巧も努力もありますけど,それよりも生まれながらのDNAの性能を競っているようなところもあるわけです.線引きは哲学的にも難しい問題ですが,一つの解決は線を引かないことです.例えば,球技はともかく陸上などの個人記録を競う種目ではホルモン量などで規格化してしまえばいいのです.ですから実測でなく,標準化した記録で順位が決まります.見ていても全く面白くないですけど.
ここで重要なのが何%の選手がドーピングをしているかという事前確率で,WADA(世界ドーピング防止機構)認定の分析機関での実績によればおよそ1%です.サンプリングは完全なランダムでなく,勝者は必ず検査されるので事前確率は1%よりは下回るかもしれません.この条件で検査的中率はベイズの定理を使って簡単に計算できますが,計算結果を見るよりも冒頭のような絵に描いた方が理解しやすいかもしれませんので,これを使って説明します.まず選手10000人を考えると,ドーピングの事前確率は1%なのでそのうち100人がドーピングしていることになります.この100人を検査すれば偽陰性率は50%ですから,本当にクロと検出されるのは50人のみで50人は見逃されてしまいます.一方,ドーピングしていない9900人に対しては偽陽性率1%ですから,99人が冤罪でクロになってしまいます.このときの検査的中率は50/(50+99) ですから約33%にしかなりません.一方で,正解率は9851/10000をを計算して約99%です.
正解率99%なら優秀な検査だと思うかもしれませんが,3割しか当たらない検査という言い方も間違いではありません.検査や判定の性能評価に複数の指標があって,しかもこのように3倍も異なる場合もあり得るのです.意思決定にあたってはどのような定義に基づく性能であるかを確認して,混乱が生じないようにしてください.
それではまた来週.もしかしたらこの続きを書くかもしれません.
コメント