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『データ分析の力』

覚え書き

先日,Amazonの本書のページを見た際に「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というところを興味深く拝見しました.どのような人が本書を読んでくださっているのかのイメージが掴めます.JMP関連の本がほとんどという中で目についたのが伊藤公一朗(2017)『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』光文社新書です.ビッグデータのデータ分析という多くの方が興味を持つ分野の本であり,新書なので気軽に買える値段ということもあって多くの方々に読まれているようです.レビューも高評価なので,私も読んでみました.

著者によれば,因果関係の見極め方を計量経済学の観点から解説した本とのことですが,データ分析一般を視野に因果関係の深い議論に切り込むというよりは,計量経済学におけるデータ分析の応用例を解説した本です.冒頭に,例によってアイスクリームの話などを引いてRCT(ランダム化比較試験)が出てきます.それに続いてRCTが利用できない状況で,意図的な実験ではないデータを利用する様々な手法とその限界とともに紹介されています.実験計画がごく普通にできる産業分野の技術者にとって,この本を読んでこれらの手法の概念を理解するというよりは,データ分析は分析者の工夫と熱意で成し遂げられるものということを理解することの方に価値があります.

社会科学や心理学,それにこの本のような一部の経済学は一般一般にはデータ分析がしにくい分野です.特に心理学では様々な工夫を凝らしてデータが取られていますが,その多くは相関研究ではあるものの,論文の結語にその旨の注意が書かれているものが多いです.RCTを実施するにはコストだけでなく倫理面でも大きな障害がある分野です.相関研究だとしてもそこにはデータを積極的に取る為に大きな努力が必要です.自然とそこにデータを扱う態度に対して他の分野との温度差を感じます.技術者上りよりも営業畑からの人の方がデータ分に向いていると聞いたことをこのブログのどこかで書いた記憶がありますが,良いデータ分析に何よりも必要なのは熱意なのかもしれません.

もちろん良い本だとは思いましたが,RCTの重要性を理解するなら他にもいろいろ良い文献があります.例えば,私が最初にRCTという言葉を知ったのは,ずいぶん昔のことですが,日本産科婦人科学会の学会誌の津谷 喜一郎 , 石川 睦男,日産婦誌第51巻 第9号,第51回日本産科婦人科学会生涯研修プログラムの中の7) Evidenceと臨床試験です.この文献は実際にご覧いただければわかるのですが,エステサロンの効果を解説するために広告から持ってきたという写真が載せてあるのですが,その女性の写真の腕に文字が写り込んでいてとてもシュールなのでとてもよく記憶しています.この当時でもフォトショップがあったのでこの程度のノイズは簡単に消せたはずですが,このまま掲載したのは著作権などに配慮してなのかは不明です.因みに,この文献で覚えた背景因子という言葉が,共変量という言葉よりもその意味が伝わりやすいと考え「統計的問題解決入門」でも背景因子を採用しました.今読み返してみると,「臨床試験の基本的構造は患者という個人の利益ではなく,患者の肩越しの母集団の利益を考えているために,個別的倫理と集団的倫理との間にジレンマが生じる」などというくだりは臨床試験の重みがひしひしと伝わってきます.

『データ分析の力』では(偶然に)まるで実験がなされたかのような状況を利用する「自然実験」としてRDデザイン,集積分析,パネル・データ分析などが解説されていますが,JMPならば複数の背景因子を「傾向スコア」という単一の指標に集約した分析が可能です.「傾向スコア」の値をカテゴリカルな因子(説明変数)として(名義ロジスティック)回帰分析を実施することも可能です.因みに名義ロジスティック回帰では特性はカテゴリカル(例えば改善あり,改善なし)がYになります.産業分野では,何らかの処理の有無が紛れ込んでいる量産データなどが対象となりますが,何か良いデータが見つかれば,そのうちこのブログでやり方などを解説してみたいと思います.『統計的問題解決入門』の第一講で「名義ロジスティック」に言及しています.技術分野ではあまり馴染みがない手法なののでその雰囲気だけでも味わって頂こうと考えたのですが,少々高度な内容になるので,その中身には全く触れることができなかったのが少し心残りでもありました.

『データ分析の力』を読んで一つ気になったのは,最後で説明されている内的妥当性と外的妥当性についてです.データから得られた分析結果はもちろんそのデータサンプルに対しては妥当(内的妥当性あり)ですが,分析結果がそのサンプル以外にも適用できるのかという問題を外的妥当性と言うそうです.これは統計モデルのオーバーフィッティングのところでお話ししたことと同じなのですが,私が思うに,外的妥当性がなければそもそも因果関係は議論できないのではないでしょうか.この本からは内的妥当性があれば因果関係を議論できるように読めます.少なくとも計量経済学ではそれが許されているのでしょうか?
書評になっていませんが,今回はここらへんで.

統計的問題解決研究所

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