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『青墨』と実験計画

実験計画講演

Summit Americaも終わって,次はいよいよ日本...いや今年は韓国の方が先でしたね.なんか今週は時間が合わなくて,結局Summit Americaは聴講できなかったけど,面白そうな発表はSummit Japanでも聞けるので今から楽しみにしてます.

Summit Japanにエントリーしたことがブログでお知らせしたけど,中途半端な枠が余ったので,その穴埋めに自分も発表できそうです.昨年は関数データエクスプローラにいたく感動して,その事例について発表したけど,今年は初心者向けにしました.以前お話ししたように,『実験計画のすゝめ』のような内容にするつもり.まだストーリーは煮詰まってないんだよなあ.MCDAアドインにも言及する予定にはしてるけど,時間が足りないかもしれない.

今年は昨年と違って,収録ビデオをタイムテーブルにそってストリーミングするようだけど,発表者とリアルタイムで語る機会を設けてます.ご質問あればこの機会にどうぞ遠慮なく.今はフリーで活動しているので,以前よりも視野が広がったというか,今まで見えなかったことも見えているような気がするので,参考になれば良いのだけど.

テーマを実験計画の啓蒙にしようと思ったのは,やはり日本では実験計画が普及しているとは思えないから.統計や機械学習がブームだったりするけれど,実験計画はブームになってません.それはなぜかと考えているのだけど,おそらく日本人の勤勉性にあるのではないかと考えてます.

私は東芝に入社して府中工場に配属になったのだけれど,所属部門の残業時間は今では考えられないものでした.少し前まで庶務さんを入れても平均で月100時間オーバーという感じだったそうです.私の上長は若い頃は月200時間超えたと言ってた.それくらいならやれないことはないと言い返したら,「当時は土曜日が出社日だったんだぞ」と.はい,失礼しました.計算すれば,起きてる時間はほぼ仕事してたんですね.

このような長時間労働が尊ばれていた時代でもありました.まあ,幸い私はこの時代の後の世代なんで話で聞くだけなんですけど.ご存知のように,今では36協定があるから,時間外労働の上限は原則月45時間,年360時間です.臨時的な特別の事情がある場合でも,労使合意を前提に年720時間以内だから月平均で60時間です.更に,月の上限は100時間,2~6か月の平均は80時間以内と細かく決められてる.

話変わって,愛用している万年筆のインクにセーラーの『青墨』というインクがあります.これは一般的な染料インクでなくて顔料インクなので,耐水性や耐光性に優れているのだけれど,にも関わらず従来の顔料インクのメンテの問題を解消した優れものなんです.従来の顔料インクは,ドライアップといって万年筆の中で固まってしまうとかなり厄介なことに...おそらく修理もできなくなる.

この『青墨』を開発したのが,セーラー万年筆の岡本さんという方.体にはインクが流れていると噂された伝説的な技術者です.『青墨』に先立って『極黒』(きわぐろ)という顔料インクを実験に実験を重ねて完成させてます.顔料は水溶性でないから,ナノ粒子にすることでインクにします.因みに,これを最初にやったのがプラチナの『カーボンインク』です.

ナノ粒子のインクの最大の問題は沈澱すること.粒子径は小さくすればいいというわけではなくて,小さ過ぎるとナノ粒子の凝集が発生して沈澱します.顔料インクが古くなると薄くなるのはこえが理由.岡本さんは,この粒子径の決定に1年を費やしたそうです.凄いなと思ったのは,このインクはわざと耐水性を落としていて,その代わりにメンテ性を向上されてるんですよ.まさに多目的最適化です.その他の品質問題を解決するのに『極黒』は完成までに4年を費やしたそうです.そして,更にその4年後に完成したのが『青墨』というわけです.

ここの経緯は『趣味の文具箱』(何号だったか忘れたけどかなり昔だったのは間違いない)に掲載されてたので覚えてるけど,おそらく一因子実験を繰り返したようでした.開発に4年かかっているのはそれが一因.多目的最適化を一因子実験するのは,さぞかし大変だったでしょう.それはまだ良いとしても,『極黒』に4年かかって『青墨』にも4年かかっているのは,『青墨』の開発を1からやり直しているからです.過去の知見が積み重なっていないとも言えます.

おそらくですが,実験計画は使わなかったと推察するし,仮に使っていれば,開発時間は大幅に短縮されたんじゃないかな.少し前までは日本には岡本さんのような凄い人たちがいっぱいいたわけで,だから実験計画は必要なかったのかもしれない.だけど,それは少し前の日本だから許されたわけで,現代の技術者は時間(それは即ち費用でもある)という制約下で開発しなくちゃならない.

アメリカ人のことを知ってる方だと思うけど,ショッピングモールの駐車場の止め方とか思い出すと,彼らは基本的に一歩でも歩きたくないようです.たった10mのゴミ出しにも自動車を使うという人たちです.まさにこういう人たちが実験計画向きなんだよなあ.

労働時間の短縮は,日本の産業界も成熟してきたという証なんだけど,その成熟を認識して今までのワークフローを変えていかなければいけないと思ってる.日本人の勤勉さが仇になって実験計画が普及しないのだとしたら,もっと怠けようよというメッセージを発信してみたいです.

それでは.

統計的問題解決研究所

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