過去の投稿に画像リンク切れ多数ありご迷惑おかけしています.

統計とチンパンジー

覚え書き

今年のDiscovery Summitでは産業分野からの発表が増えました.産業分野からのコミッティ委員メンバーとして,ありがたいことです.企業に所属している技術者が社外発表するのは,会社によってはハードルが高くてなかなか困難なご時世ですが,それを乗り越えてでも価値があると考えています.

これはわたし自身の体験ですが,発表を意識することで考察のレベルがぐっと高まります.発表前になって粗を見つけてしまい大慌てで対策を考えたり,あるいは発表のストーリーを軌道修正したりということは度々あります.そこに価値があります.技術者としてもそのことには気づいているので,発表はしたいんだけど,という方がたくさんいらっしゃいます.Summitでもある企業の術者の方とお話ししたのですが,発表を検討していたんだけれど上司に「まだそのフェーズでない」と言われたとか.t分布の発見で有名なゴセットが,所属していたギネスビール社に隠れてStudentというペンネームで論文を発表したことはよく知られています.当時も「まだそのフェーズでない」と言われて彼が引き下がっていたら,確実に統計学の進歩は遅れていたことでしょう.とはいっても,Summitは学会ではないのでデータは作っても構わない(その旨は明示すべきですが)と考えていますし,技術背景も代替モチーフで説明しても何ら問題ありません.わたしが一昨年の発表で使ったメッキの事例は「ある半導体プロセス」の代替モチーフです.

Summitの場合,もう人つ発表者に恩恵があります.発表者には参加費無料(ポスターは半額割り引き)の特典があるのはご存知だと思いますが,実は前夜にプレナイト・ディナーが開催され,そこにも招待されるのはご存知でしたか.その場には米国からSAS社の幹部も参加していますので,いろいろとJMPについてに深い話も聞けます.わたしも今回,あるスクリプトの一般公開の可否についてスクリプトを書いた本人(テクニカルセッションに登壇したBrady Bradyさん)に直接尋ねることができました.因みに,現時点では公開されていないが,公開する方向で検討するというお答えでした.

プレナイト・ディナーにはコミッティメンバー全員に簡単なスピーチをせよとの依頼を頂いたので,以下のようなお話をしました.日本人が多数の場であり,米国SAS社の幹部には通訳がついているので,日本語でお話しすることも考えましたが,韓国からの参加者が3名ほどいらっしゃるので,英語でやってみました.久しぶりに英語を話すので,皆様に通じるかが不安でしたが,後で韓国からの参加者にお世辞でしょうが「Good presentation」と言っていただけたので言いたかったことは理解していただけたようです.以下は覚えている限りの要旨を補足,修正しています.

スピーチここから
昨年,幸運にもJMP14についての early adopter version を試す機会に恵まれましたことに感謝しています.小さなバグを見つけたのでそれを報告し,製品版で修正されました.JMPのMac版に貢献できて幸せです.そのとき,JMP wish listにささやかな要望も投稿しました.未だに誰からも反応ありませんが,今でもMacbookのTouch Bar にtool メニューが欲しいと思っています.
これはJMPユーザーとしての要望ですけれども,現在は単なるユーザーとしてよりも,JMPのadvocatorあるいはエバンジェリストのような役目で立ち回る機会が多くなってきました.ことあるごとに,周囲にJMPを使ったDOEや統計分析の重要性を訴えていますが,多くの人からの反応はまだ薄いのが現状です.なぜあの人たちには,世の中の常識が理解できないのかについていろいろと考えるに,思い当たることがありました.
道具を使うチンパンジーのことをご存知かもしれません.いくつかのチンパンジーのグループは平たい石の上に種を載せ,ハンマーのような別の石でそれ潰して中身を食べます.野外観察によると,婚姻のため道具を使わないグループから道具を使うグループへ移動したメスのチンパンジーは生涯にわたって道具を使うことを覚えられないそうです.彼女の子供は道具を使うことを覚えるので,遺伝ではありません.京都大学の研究者によれば,チンパンジーは幼少期のある一定の時期に道具を使うことを学習しないと一生道具を使えないのだそうです.
この話を思い出して腑に落ちました.世の中の常識が理解できない人々は新人のときに統計ツールを使う機会がなかったので,もはや統計あるいはJMPを使うことができないのです.そこで私は戦略を変えました.理解できない人々を説得して時間を無駄にするよりも若い技術者を指導していくことが肝要です.明日のジャパンセミコンダクターの坂本さんの発表はその成果の1つです.皆様が明日の彼の発表にきてくださることを望んでいます.
スピーチここまで

因みにDOEの重要性や統計ツールの有効性が理解できない人々をチンパンジーと言っているわけではないですよ.この意味ではわたしたちも同じチンパンジーには違いなく,ただわたしたちのグループは道具を使うことができるというだけの違いです.現時点では道具を使うグループも使えないグループも共存しているわけですが,今後の環境の変化などで生き残っていくのは道具を使うグループであることは間違いなく,これはチンパンジーに限ったことではありません.

それではまた.

統計的問題解決研究所

コメント