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インフルエンザと統計

覚え書き

もう回復しましたけれど,ひさしぶりに風邪などとというものをひいてしまいました.発熱はしましたが,全身症状がなかったのでインフルエンザではないと判断し,医者にはいかずに二日ばかり寝ていました.仮にインフルエンザだったとしてもインフルエンザ脳症や異常な発熱がない限りは自宅療養が良いようです.インフルエンザで「早めの受診」は間違いです!

今年はインフルエンザが大流行だそうで,わたしが風邪をひく数日前にもTwitterで現場の医師の悲痛な叫びが流れていました.確かに寝ていれば自然治癒する病気のために医療リソースを割く必要はありません.患者自らにとっても,インフルエンザウィルスの高密度エリアである病院の待合室に風邪で免疫力が低下している身を暴露するというリスクがあること,何よりも怖いのは別のウィルスを貰ってくる可能性を覚悟するべきです.風邪とインフルエンザとを同時に発症することはあり得るのですが,これは辛いでしょうね.
世間一般的には,インフルエンザの疑いがあれば病院に行ってインフルエンザの検査をしてもらい,その結果が陽性であればタミフルやリレンザなどの治療薬を飲むという流れのようです.とはいえ,インフルエンザの検査はどのくらい有効なのでしょう?悪寒や倦怠感等の初期症状がある患者のインフルエンザ有病率を仮に50%とします.インフルエンザの鼻ホジホジ検査 本当に必要か?という記事によればインフルエンザ検査の感度は70%程度で,特異度の数値はありませんが仮に90%としてみます.するとインフルエンザに罹患していた人のうち検査で陽性となるのは3500人で,陰性は500人ですから,陽性的中率は3500/(3500+500)=87.5%となります.この程度の的中率であれば検査はむしろ受けないのが正解ではないでしょうか.検査喧嘩が陰性だからということで少々無理して出社したものの,実はやはりインフルエンザでしたという人が10人に1人もいるという状況を考えてみてください.
わたしは今年のインフルエンザの流行の背景には新型インフルエンザに備えた流行対策が通常のインフルエンザにも拡大適用されてしまっていることが一因と考えています.会社の決まりでインフルエンザ検査を受けなければならないとしてもその的中率は90%程度のものであると認識した運用が必要です.
一部にはこのインフルエンザの流行は「風邪でも(会社を)絶対休まないおじさん」のせいであるという意見があります.インフル大流行は「風邪でも絶対に休まないおじさん」のせい?
 この著者(窪田さん)は元朝日新聞にもいらしたようで,いわば生粋のメディア系ライターです.この類のライターには思い込みが強い方が多いので注意が必要です.自説を肯定するデーターにはとれも敏感である一方で,データに都合の悪いところがあっても,それが目に入らないことも多いようです.このため,Stat Spottingの重要なリソース記事を提供してくださることが多いのです.データを見るに,まず仮説を立てることが肝要と「統計的問題解決入門」でも説きましたが,このとき仮説はあくまでも仮説であって真理に到達するための踏み台であるという認識が欠けてはなりません.自らの考えという色眼鏡で世の中をみていしまうとデータの背後にある事実も曇って見えてしまいます.
この記事では,第一三共ヘルスケアのオンラインマガジン「30~40代男性有職者の6割が「風邪で仕事を休めない」!? ミドルマネジメント層ほど休まない傾向に」が参照されています.おそらく,このデータを見た瞬間に飛びつき,素直にこれを受け入れて(しかも少々歪んで)しまったのでしょう.
この論評にケチをつけるつもりはありません.ITmediaの他の記事などを読むに目の付け所が面白い方と思います.とはいえ,この記事のソースでもある「風邪でも絶対に休まないおじさん」については少し深く考えてみたいと思います.
まず記事への突っ込みとしては,第一三共ヘルスケアが風邪についての調査をしているのに対して,それがいつの間にかインフルエンザに変わってしまっていることです.ご存知の通り両者は症状は似てはいるものの,過酷さや感染力は桁違いにインフルエンザの方が大きいものです.風邪では休まないけれどインフルエンザでは休まざるを得ない,という方も多いことでしょう.ですから,そもそもこのデータをインフルエンザ大流行の原因の考察に使うのは問題があります.
第一三共ヘルスケアのデータそのものにもいくつか気になる点があります.一つは役職の定義です.この調査ではさまざまな業種を対象としていますが,一般企業に混ざって官公庁も含まれているのです.一般に一般企業の課長と官公庁の課長とではそれこそ天と地と程も違うことはご存知でしょう.アンケートでこのことが考慮されているのか,あるいはデータにそのような補正がなされているのかは不明です.官公庁には「休む派」が多いという結果(図4)にも絡むので,アンケートでは役職名ではなく,部下の人数を順序尺度として,あるいはいっそのこと自由形式にして量的にデータを取れば面白かったかもしれません.
そして最大の疑問は図5です.この記事の見出しにもなっている分析結果ですが,ここでミドルマネジメント層として部長だけをとりあげ課長を入れていないことが腑に落ちません.このグラフでは%表示されていますが,グラフの下に小さい字でサンプルサイズも書かれていて,それによればそもそもこのデータでは部長の数が少ないということが見て取れます.
統計学ではこのような分割表データでの有意性の検証にはカイ二乗検定を使うことはご存知と思います.公式に入れると簡単にp値が計算できて5%で有意であるけれど1%にはぎりぎり届かずという感じになります.JMPでこの分析をするのは簡単ですが,分割表を一度行データに戻さなければならないのが面倒ですが,この図のようにJMPでも同じ結果が得られました.

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分割表の一区画の度数が10以下の場合に,Yatesの補正をかけるということも習ったことがあるかもしれませんが,この場合にいくつかの階級を統合するという手もあります.今の場合,部長クラスでも度数は十分ありますが,課長クラスと合わせて中間管理職という階級を新たに作ることにはデータ分析の目的からも合理性があります.
とはいえ,このような操作ではぎりぎり有意になった休む派と休まない派との差が消失する方向にいくのは間違いありません.「風邪をひいたら中間管理職がまず率先して休む」というメッセージと整合させるためには,階級を分割したほうが都合がよいのです.どうもメディアは公表する結果が面白くないとその価値が低いと考えているようなので,わたしたちとしては,ますますリテラシーを問われる機会が多くなっています.
このデータには他にも疑問がいくつかあるのですが,例えば一部のデータのみ「休む派」「休まない派」それぞれ500人を無作為抽出していたり,長くなるので今日はここらへんで止めておきます.それではまた.

統計的問題解決研究所

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