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検査とテスト

JMP 統計学

今日は一日,統計リテラシーのオンライン用スライドを作成していました.オンライン向けにはアニメーションを使うのを避けたり,フォントサイズを小さめにしたりする以外にも,話の間をとるという工夫が必要です.セミナーのコンテンツは使い回す人も多いのですが,私の場合,基本的にスライドはその度に組み直します.今度はどんな相手にどんな話をしようか考えるのが楽しみの一つでもありますし,そもそも同じスライドを使っていると,自分が飽きてしまうのです.今回は,オンライン版として作り直すにあたり,せっかくなので最近の関心事からネタを拾って,コンテンツを更新しています.正直に申し上げると,コロナのことにも飽きてきた(こういうことを言うのは不謹慎ですが)ので,何か別のネタを探そうにも,未だ世間ではコロナばかりが目につきます.今週は,誰が作ったのか微陽性という変な用語まで登場してきましたね.閾値を超えたのなら陽性に違いはないのですけど,無理矢理,陰性と紐付けたいという何らかの意図があるのでしょうね.

この変な用語にも意義はありました.この用語によって初めてあのPCR検査がアナログ的な信号処置に基づくものと知った方も多いのではないでしょうか.Real TimeのPCR検査の増幅曲線など見ていると,半導体検査などとは少し違ったものだと言うことがよくわかります.そもそも検査という日本語の訳がよくないです.英語では,半導体検査の検査はinspectionでPCR 検査の方はtestです.そう,あの仮設検定と同じtestなんです.WHOの事務局長が「検査,検査,検査」と言ったのが報道されましたが,オリジナルでは,We have a simple message for all countries: test, test, test. と言っています.

PCR 検査と半導体検査とを比べると,擬似欠陥(第一種の過誤)や見逃し(第二種の過誤)があるということでは両者は同じですが,inspectionの方には,in(内部を)spect(見る)ion(こと)という語源からもわかるように,何かの中を(綿密に)窺うというニュアンスがあります.ですから,例えば,欠陥検査であれば,どのような種類の欠陥なのかを含めた質的,量的な結果を得ることが目的になります.因みに,誰かにinspectされるときは監査のように精査されるという意味にもなります.

一方のtestは(厳密にはtestingとした方がいいのかもしれませんが),何らかの特性が一定の基準を超えたか否かを二値判定するものです.生徒を合格不合格に分類するのが,いわゆる学校のテストですね.半導体でもtestingは非常に重要な技術ですが,基本は動作する,しないの二値判定なのです.帰無仮説の棄却,採択による対立仮説の真偽判定としての仮設検定と同じですね.従って,ウイルス感染の陽性,陰性をある閾値で分類する手法としてのPCR検査はPCR テストと訳す方が相応しいのです.

この語感の違いは素人でも何となくわかりますよね.PCR testがPCR検査ではなくPCR テストと訳されていれば,多くの人も一度や二度の結果で判断するのは危険だとすんなり受け入れてもらえたのではないでしょうか.検査という日本語は,テストよりも結果の信頼性が高いというイメージを誰もが持ってしまいがちです.実際は,PCR 検査では再陽性や偽陰性などの不確定な結果が珍しくないということは周知されている通りです.PCR 検査に対する認識の違いが,検査数が少ないとか,あるいは反対に不要であるとか,未だに様々な意見の衝突の火花を散らし,それをマスコミが煽って火を起こし,国民の間に分断を生じてしまったのは残念なことです.

この感染症の最大の脅威は我々に知識の蓄積が少ないことにあります.単純にワクチンがないというだけではなく,あらゆることが未だに未知です.例えば,PCR検査の擬陽性率や擬陰性率などは,当初いくら調べても具体的な数値は見つけられませんでした.検査手法そのものの精度ではないです.PCR検査は超高感度だとは言っても,感染者からウイルスを採取できて初めて陽性になる可能性が生じるわけですから,
超高感度故のラボ環境の汚染による偽陽性や検体採取の手技の稚拙による偽陰性まで考える必要があります.ダイヤモンド・プリンセス号ではとうに死滅したウイルスのDNAがPCR 検査で検出されましたし,インフルエンザでも,ベテランの医者と研修医では擬陰性率が大きく異なるという論文を読んだことがあります.それでも,類似の感染症の経験を踏まえて,それを元に行動できたことが,比較的マシと言える日本の状況をもたらしたのかもしれません.先人に感謝です.

スペイン風邪の当時と違って,現代の我々には発展した医学だけでなく統計学もあるので,検査云々についてはロジカルな議論ができるはずです.ところが,当初は感度と特異度という検査の基本性能すらよくわかっていないことが障害なっていました.二つのリスクが不明ならば,その検査の結果に基づく意思決定はできません.そこで,このブログでも中国からの帰国者のデータを元に推察しました.その後,ダイヤモンド・プリンセス号をはじめとした多くの経験が蓄積してきました.ここにきて,ようやく信頼出来る値が出てきたようです.

Variation in False-Negative Rate of Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction–Based SARS-CoV-2 Tests by Time Since Exposure(RT-PCRによるSARS-CoV-2検査の偽陰性率の曝露後時間による変動)

酵素ポリメラーゼ連鎖反応というのが,いわゆるPCRで,DNAを検出することしかできないPCRをRNA検出に適用するために開発された手法が,Reverse Transcriptase PCR 法で,RT-PCR法などととばれています.RNA を酵素による逆転写によって cDNA (cはcomplementary(相補的)の意)に変換してから,PCR 法を適用します.SARS-CoV-2も一本鎖プラス鎖RNAウイルスに分類されるRNAウイルスですから,実はPCR検査と呼ばれているのは厳密にはRT-PCR法なわけです.因みに,リアルタイムPCR(real-time PCR)というのもあって,人によってはこれをRT-PCRと呼んだりするので混乱を招いてます.リアルタイムPCR法では,DNAの複製過程における生成物の増幅蛍光をリアルタイムに測定することで定量化する手法です.このアナログ的な手法によって,野球選手の微陽性といういう判定が下されたのですが,解釈が間違っているように思います.

計測の話はさておき,この論文のResultsをまとめると,階層ベイズモデリングを使って求めた偽陰性率は次のようになります.
1日目 100% 95%CI(100%,100%)
4日目 67% 95%CI(27%,94%)
5日目(発症日) 中央値で38% 95%CI(18%,65%)
8日目 20% 95%CI(12%,30%)
9日目 21% (CI, 13% to 31%)
21日目 66% (CI, 54% to 77%)

冒頭にJMPでグラフを書いてみましたが,Figure2には毎日のデータが可視化されています.これによれば,発症前々日まではほぼ100%で,発症4日後に20%で底を打つようです.これは衝撃的なデータです.未発症者にPCR 検査しても,偽陰性100%って全く役に立たないという意味ですから.予想していたよりもPCR 検査って信頼できないですね.通常のインフルエンザでも言われていることですが,少なくとも発症前の検査は発症前日でも7割弱が見逃されてしまい,検査の精度が最も高くなるのが発症4日後とのことで,これはまだこのようなデータが,出ていなかった時からの指針と一致しています.この結果から以下のように結論するのは,おそらくほとんどの人が合理的と考えるのではないでしょうか.

If clinical suspicion is high, infection should not be ruled out on the basis of RT-PCR alone, and the clinical and epidemiologic situation should be carefully considered.
臨床的な疑義が大きいならば,PCR検査の結果のみで診断除外すべきではなく,臨床的および疫学的状況を注意深く検討する必要がある.

ここの,Ruled out というのは専門用語で,識別診断の際,カルテにはR/Oなどとかかれたりしますが,その原因の可能性は低いという意味です.要するに,「発熱や咳があったら,検査陰性だったからと言って安心できないよ.もしかしたら却って手遅れになるかも.それに,動き回らないでね.できれば症状が治っても二週間くらい.」と言った感じでしょうか.この研究結果について,デザインバランスに問題があって推定は不正確であることが著者によって示唆されています.コメントにもいくつかの問題点が指摘されていて,まだ研究は続けていく必要がるようですが,何れにしても,スクリーニングポリシーの確立が急務だという認識では共通しているようです.

統計リテラシーでは,「何のために検査をするのか?」を考える際には合理性がキーポイントになります.検査の結果と真実(感染の有無)の状況によって,4つの場合分けができます.(手元に『JMPではじめるデータサイエンス』がある方はp54に書いてあります.)PCR検査でもまさにこの状況にあります.このとき,何が起こるかを場合分けしてそれぞれの状況で何が起こるかを考えてみます.本日は,長くなってしまったので,覚えていればまた来週.

それでは.

統計的問題解決研究所

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