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JMPとアクティブ・ラーニング

JMP

昨年も同じネタを書いたのでよく覚えているのですが,11月1日は紅茶の日でした.先週はSummit直後だったので書きそびれてしまいましたが,今年も紅茶協会が紅茶はインフルエンザ予防に効果あるというツイートが流れてました.今年は「無責任なこと言うな」とか「誇大広告ではないか」などと言う反応もあって,去年と違ってプチ炎上したので,統計リテラシーを備えた方々が増えてきているのかも知れません.とは言え,これが雑誌や新聞などのメディアに取り上げられると,もはや疑うことをしない方々もネットでは多くいらっしゃるのも事実です.


私は統計リテラシーのセミナーを色々なところでやっているのですが,この紅茶のインフルエンザ予防の話を題材に取り上げることがあります.時間が限られているような場合,通常は座学というか講演形式でやるので,この題材は消化不良になるので取り上げませんが,時間がある場合は,この題材を使って自分で考えることを目的としたアクティブ・ラーニング形式を取り入れる試みをしています.アクティブ・ラーニングをご存知ない方もいるかもしれません.はっきりした定義は不明ですが,要するに受講生が能動的に学ぶ形式を言います.受講生は座って耳を傾け,メモをとるだけでは済まないのです.ある程度アクティブな形式にするとものの見事に世代によって反応が異なります.若い世代は順応しますが,ある年代以上の受講生が多い場合などは,途中で無理と判断して急遽座学形式に切り替えたこともありました.

アクティブ・ラーニングでは,取り上げる題材が重要です.紅茶のインフルエンザ予防効果について取り上げるのは,これが統計リテラシーを学ぶのに適しているからです.このセミナーを受ける予定の受講生がこのブログをみている可能性もあるので核心部分は伏せますが,以下にこのセミナーのポイントを書いておきます.核心部分といっても隠すようなものではないのですが,ネタバレしてしまうのも受講生に申し訳ないので.

まず重要なのは情報源に接することだと言うことを学んでもらいます.この場合,三井農林のお茶科学研究所が引用元で,原著が『感染症学会誌』に掲載されているので簡単に引用文献に行き着きますが,それが隠されていたり引用はあっても探すのが困難な場合も多くあります.その場合の検索の仕方を考えてもらい,いくつかのコツ(特に英語の論文)を学ぶのが最初です.その上で,その情報源の信憑性について議論してもらいます.情報源のどこを見れば良いのか.いくつかのポイントがあります.この場で1つだけ上げておくと著者の立場に注目します.

この論文では筆頭著者は昭和大学医学部細菌学教室の先生ですが,三井農林株式会社の食品総合研究所の研究者も名を連ねています.因みに私とは全く関係ない企業ですが,後に「日東紅茶」へ名前が変更された国産ブランドの「三井紅茶」を1927年に発売しています.紅茶を販売する企業が加わっていることは注意すべきです.もちろん,データ捏造を疑うわけではありません.ただ,紅茶のインフルエンザ予防効果を示すことを研究目的に据えているならば,そこに何らかの意思があるのが自然でしょう.この意味ではステークホルダーが著者に混ざっていると言うのは情報源の信憑性にはマイナスですが,それを隠すことも可能と言うことも覚えておくべきです.

他にもいくつかポイントがあるので,それらを学んだ後に,本文を読んでもらいます.といっても,受講生のほとんどはこの論文を読みこなせるだけの医学知識はないので,in vivoとかペア血清などの用語について教えます.時間があれば調べてもらうこともあります.その上で,論文の構成がどうなっているのかを学んでいきます.この論文では,冒頭に「要旨」がきて,「序文」「材料,対象および方法」「成績」「考察」「文献」と続いています.それぞれの構成要素の役目を理解し,情報の信憑性を確認するにはどこを読めばいいのかを考えてもらいます.時間を掛けずに情報のエッセンスを抽出するコツと,(論文を書いたり発表したりといった)自分が情報を発信する際などに,抜かしてはならない構成要素を学びます.本来は学校で指導を受けているはずなのですが,このセミナーはレポート作成にも役に立ったと喜ばれることも多いです.

論文の構造を読み解いていくと,どうやらカイ二乗検定と言う統計手法が適用されているらしいと気づくのですが,統計学に詳しくない受講生がほとんどなので,そこでカイ二乗検定を例にとって検定の仕組みを解説します.統計学のセミナーでは二項検定を例にとることがあるのですが,統計リテラシーのセミナーではカイ二乗検定を例にとります.検定を教えるには,先にその仕組みを教えるよりも.どうすればこのデータをもとに正しい意思決定ができるかを考え,その結果として仮説検定に自ら辿り着くように誘導するのがコツです.断然このやり方の方が検定についての理解が深まります.この過程で,検定による正しい意思検定のためには,サンプルが母集団の性質を引き継いでいなければならないことを見つけ,RCTによるデータの価値を考えてもらいます.

最終的に,この紅茶の効果の論文には何が欠けているのかを議論してもらうと言う流れです.論文を批判するわけではなく,こうすれば更に良くなったね,と言う方向に持っていくことが肝要です.この論文では,コントロール群の設定がこれでよかったのかと言う疑問が出れば合格です.そしてこの論文の著者の意見「紅茶エキスによるうがいは,インフルエンザを阻止しうる可能性が示唆された.」と言う表現と,それを引用した紅茶協会「紅茶はインフルエンザウイルスを99.9%無力化します!」と言うポスターとそれを宣伝した「紅茶はインフルエンザウイルスの感染力を奪う」というツイート,更にはそれをネタにメディアが「紅茶がインフルエンザを15秒で無力化するって本当なの?」などと言う記事を書いていると言う現実を見比べてもらいます.

情報の伝言ゲームの実態を観察し,その上で自らがその伝言ゲームに組み込まれないようにするにはどうすべきかを発表してもらうと言う流れです.アクティブ・ラーニングではデータ分析をデモするのですが,JMPはこの目的には最も適していると思います.セミナーの流れが定式化できないので,受講生からの質問に答えるためにその場で層別化をしたりすることもあり,分析の柔軟性に優れているからです.時間もないので,事前に分析結果をスクリプトに保存しておくことができるのも大変便利です.

JMPを使った教育について色々と考えているこの頃です.Summitでは米国SAS社のトレーニングマネージャーのスコットさんともお話しましたが,参考になることが多かったです.機会を作って同じ仕事をされている方々と一度お話をして,お互いの工夫を開示しあってみたいと考えています.

それでは本日はこれで.

統計的問題解決研究所

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