疲れる話は続く

覚え書き

 今週は泊りがけで出張だったのですが,隣の部屋の宿泊客の鼾で眠れずひどい目に合いました.もともと枕が変わると寝付けないたちなので予算ギリギリに広い部屋に泊まっているのですが,低周波の音には効果はなかったようです.フロントに聞くと隣の人は連泊されるとのこと.お願いして別の部屋に変えてもらい,翌日はことなきを得たのですが,当日は朝早くに目が覚めてしまって,なんとなくTVを見ていました.自宅にはTVがないので,ホテルに泊まったときなどつい珍しくて見てしまうのですが,早朝ですと通販番組くらいしかやってないんですね.

アメリカに住んでいた頃はAs Seen on TVをこよなく愛していて色々な通販商品が自宅にあふれていました.英語の勉強になるのでQVCとかもよく見ていました.私はWeather ChannelとQVC(QVC Japanというのもあります)とMTVで英語を覚えたと言ってもよいくらいお世話になりました.
さて,早朝で他にやることもなく(NHKも始まっていない),通販番組を見ていたのですが,早朝ですと圧倒的に健康関連の商品が多いのです.高齢者向けの化粧品なども多いようです.おそらくこんな早朝に見ているのは高齢者が多いからでしょうか?その中で小林旭が使用者として主演していたある健康飲料の番組をなんとなく眺めていました.小林旭は名前くらいしか知らないのですが,石原裕次郎とともに2枚目俳優として当時の映画では圧倒的な存在だったそうで,その存在に押されてて宍戸錠が悪役に転向したとも聞いています.閑話休題.
その健康飲料ですが,疲労感を軽減するということです.ここに商品名を書くまでもないくらい,イミダゾールジペプチド配合というその飲料の特徴そのものズバリの商品名なので調べればすぐわかります.このイミダゾールジペプチドですが,大阪市立大学大学院 医学研究科 疲労医学講座のHPに抗疲労物質として有望と説明されています.そこには効用に関する発表論文一覧が掲載されていて,ぞれぞれの文献がPDFで読めます.例えば,一番上のJpn Pharmacol Ther(薬理と治療)vol. 36 no. 3 2008 「CBEX-Dr 配合飲料の健常者における抗疲労効果」にはRCT(Randomized Controlled Trial)の結果があります.そこに書かれている実験デザインを読んで,本格的な臨床実験はかくも大変なのだということを私たち技術者は知っておくべきです.これに比べたら工業系の実験計画は楽なものです.仕出し弁当まで用意して通常の食事の影響を除外しています.このCBEX-Dr 配合飲料というのが私が通販番組で見たイミダゾールジペプチド配合というその飲料そのもののようです.
統計手法としては「SPSS version 11.5(エス・ピー・エス・エス(株)) による統計解析を使用し,試験食群間比較について 対応のあるt検定を実施し,両側検定で,p<0.05 を 統計学的に有意とした。 」とあります.論文にはクロスオーバー試験とあり,4週間のウォッシュアウトを間に挟んで,対照群と実験群とを交換しています.CBEX-Dr 配合飲料の投与前後の比較をしているので,対応のあるt検定というわけです.
二重盲検にもなっている丁寧な実験と思いますが,一つ疑問なのはサンプルサイズが小さすぎないかということです.ひとまず1サンプルt検定を想定してJMPで標本サイズを調べて見ると(実験計画メニューの計画の診断>標本サイズ/検出力で「1標本平均」を選択します)でα=0.05,検出力0.8の場合,以下のようになります.先週お話ししたVAS(疲労の評価指標)の標準偏差のうち小さい対照群の値22.7を入力しました.この実験ではサンプルサイズが17ですから「検出する差」はおよそ16になります.

負荷4時間後からの変化量で回復4時間後に二つの群のVASの平均値の差がもっとも大きくなりますが,その差は10程度です.ですから,この実験ではこの差を検出できる性能はないということになります.では,サンプルサイズはどれだけあればよいのかというと,今度は検出する差を10とすると標本サイズは43となります.20人以上のグループ同士での比較が必要ということですね.

仮にイミダゾールジペプチドが疲労回復に効果があったとしても,わざわざ論文でCBEX-Dr配合飲料として市販商品に言及しかつ実験に使っている点にも疑問が残ります.この実験で使われたのは私が通販番組で見た商品そのものと思われますが,このCBEXっていうのは(chicken breast extract)の略なので,鶏胸肉抽出物で普通に鶏むね肉を食べればいいのでは?と考えてしまいます.鶏むね肉100gにはイミダゾールジペプチドが200mg含有していて,西友では国産鶏むね肉が100gあたり67円で売られているので,30日分の3kgでも2010円です.しかも美味しい.例の飲料は30mlで200mg含有しているそうで,商品のサイトでは1月分が30本で送料込みで6750円と価格は3倍以上です.
それと,体調不良を発祥したことによる部分除外がそれぞれの群で3例あることも引っかかります.実験は3ヶ月に及んでいますから,この間どなたかが風邪でも引いたのでしょう.とはいえ,このデータを除外してよいものでしょうか?体調が良い人というのは除外できないので実験が長期に及べば,薬効の効果を示すのに有利になってしまいます.
サンプルサイズがもっと大きい実験も論文になってるので,これから読んでみます.面白いことを見つけたらまた来週お話しするとして今週はここまで.
それでは,また.

追記:リンクがおかしかったので修正しました.

統計的問題解決研究所

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