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システム構造図の意義

覚え書き

最近受けた質問に関連して,本日は本書P177で説明しているシステム構造図の二つの意義についてお話しします.一つはこの図を作成する過程でシステムを俯瞰することができることにあります.システムに関与するステークホルダーやそれらに蠢く変数を把握した結果を「わたしはここまで深くシステムを考察しています」と示すことにもなります.この目的であればフィッシュボーンチャートやマインドマップでも事足りますが,システム構造図は実験計画を意識した別の情報表現です.システム構造図をこのように描いてもいいのですが,別の描きかたのほうが重要です.

それは「わたしはシステムをこのように捉えています」という表明としての意義です.例えば,工場内の環境温度としてノイズ因子Nがあって,ある部品の接着剤による接合強度という特性Yに大きな影響があるとします.この場合,Nを設計因子として扱って最適解を得たとしても意味はありません.空調設備を導入するでもしない限り特定の温度の日だけ製造するなどということは考えられないからです.あくまでもロバスト設計の対象としてのノイズ因子ということですね.
この実験をやるならば,部材が大きい場合は特別にテストサンプルを作成して環境試験装置を導入する必要があります.この方法では実際の部品とテストサンプルとで接着工程の装置条件や強度の計測方法が異なる(そうならざるを得ない)場合には注意が必要です.苦労して実験計画を実施して最適化しても実際の製品ではその解が再現しなかったというのはよくある話です.このような事態を避けるため,あるいは環境試験装置のリソースがなければ,1年かけてその日の温度を計測して少しづつ進めていくという気の長い実験を強いられます.この方法でも,問題は結果を得るまでに要する時間だけでなく,温度意外に湿度などの他のノイズ因子が考えられる場合や,冷夏や暖冬といった自然現象の影響で思ったような実験ができないという問題があります.
このようにロバスト最適化には多大な実験リソースが要求されることは珍しくないので,これを避ける意味でロバスト化はひとまず置いて,先に接着剤の成分を乾燥時間を短くコストを下げるように最適化したいという状況も考えられます.ロバスト最適はもちろん重要ですが,品質工学の説くようにそれが第一義ではないように常々考えています.まず特性の最大化を達成すれば特性の変動にも強くはなる(スペックを満たすという意味で)わけですから.そうであれば,とりあえず因子Nは代表条件に設定して固定すればいいのです.(代表条件は複数あればベターで,この場合はそれらを多目的最適化することになります.)ノイズ因子は実験の場で固定できるわけですから,このとき因子Nはノイズ因子から固定因子となり,システム構造図では別の場所に置かれることになります.このようなシステムの写像を示すことがシステム構造図の本来の意義です.システムの捉え方は「わたしはこの問題をこの角度から見ています」ということにつながります.
特に事例報告において,報告する側と受ける側とでこの問題を見る角度が一致していることが重要です.お互いに分かりきったシステムであってもその意味するところが異なる場合はすれ違いが起きます.技術的コミュニケーションではこの状況は避けなければなりません.システム構造図では因子の置かれる配置が定まっているので,それぞれの因子をどのように捉えているのかが明確に伝わります.
余談ですが,学生時代に金田一春彦先生のお話を伺ったことがあって,今でも覚えている話を思い出しました.オリジナルの話の詳細はすっかり忘れてしまったので,甲さんと乙さんとの会話という形で新たに作ります.
甲:おやお久しぶり.最近は何をなさっているんです.
乙:最近は「のう」の研究に入れ込んでましてね.
甲:「のう」とは難しいことに取り組んでいらっしゃる.
乙:基本的に動きが少ないので情報をいかにとるかが難しいですね.
甲:どんな情報を集めるんです?
乙:最近は「のう」と夢との関係に注目しています.
甲:夢ですか,そういえば三島も書いてましたよね.
乙:はあ.(そんな名前の研究者いたかな...?)
甲:それでは,また.
乙:さようなら
という話で恙無く会話は終わったものの,お判りのように甲さんは「のう」を「能」と思い,乙さんは「脳」と思って話していたという落ちです.因みに三島由紀夫は能の『邯鄲』をもとにした作品を書いています.
P178のイラストのように同じシステムでも見方(角度)を変えれば,全く異なったシステムになります.同じ問題を共有している仲間だからこそ起きやすい間違いを避けるために,システム構造図を活用してください.
それではまた.
統計的問題解決研究所

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