過去の投稿に画像リンク切れ多数ありご迷惑おかけしています.

創発をもたらす第三の目

JMP

あけましておめでとうございます.お正月休みはどうお過ごしだったでしょうか?わたしはと言えば,外出自粛のおり,古い書類(と言ってもデジタルだけど)の整理にあけくれていました.基本的に過去のプレゼン資料などはそのイベントが済んだらバラして,内容で分類してストックして,オリジナルのドキュメントは表紙だけ残して廃棄してしまうんだけど,時々忘れてしまってSSDの中に埋れてたりします.おそらくファイル移動の際の操作ミスだと思うんだけど,今回もいくつか昔のドキュメントを発掘しました.このまま廃棄するのももったいないような気がして,今日はそれを紹介します.

2015年の第二回M JMPer’s Meetingで発表したときの,参考資料なんだけど,当時を懐かしく思い出しました.なんか渋谷で用事があったんだけど,気持ちを落ち着かせようと六本木まで歩いた記憶があります.いまだになんだけど,人前で話すのは得意ではないんですよね.HOPE研究会からの報告として,当時,興味のあった暗黙知についてパラメータ設計の観点からお話しました.因みにこんなタイトルでした.前職の記載があるけど,経歴は公開してるからまあいいかな.

その際,発表を補足する資料として,以下の内容を印刷物として参加者の皆さんにお配りしたんだけど,今読み返すと未熟ですね.今だったらもっと上手く伝えられるな.少しは成長しているみたい.雑文の類ですが,一部訂正の上,ご参考まで掲載します.

JMPer’s Meeting 2015 2nd, October 16, 2015
「創発をもたらす第三の目」補足説明 HOPE勉強会 三井 正

はじめに(お断りと御願いなど)

本日お話しする内容には少し理解し難い部分もありますので,以下に補足いたします.JMPユーザーの皆様と私の知り得た情報を共有できれば幸いです.もっとも,補足というより蛇足に近い内容かもしれません.十分な時間が取れず,乱文であることをお断りしておきます.また,この補足説明の内容は生煮えな部分もあり,私の考え違いもあるかもしれません.このため,HOPE勉強会での共通見解ではなく,文責は私個人にあることをお断りしておきます.

用語について

JMPユーザーの皆様には,モデルという言葉は「モデルのあてはめ」でお馴染みですが,JMPを知らない技術者にモデルと言うと,ときに話が通じないことがあります.物理学ではモデルといえば理論構築の際の単純化した仮説を指すことが多く,これが混乱の元になっているようです.私自身,社内で事例指導をする中で,このような言葉についてのすれ違いを感じることがあります.そこで,ここでパラメータ設計をこれから始めるという方々のために表1に簡単に用語をまとめておきます.

物理学パラメータ設計(HOPE)
研究対象モデル(仮説)システム(機能構造図)
根本原理法則(数式)モデル(数式)
実験データ→数式(法則の)発見モデリング
数式→実験データ(理論の)検証再現性の確認
表1 物理学とパラメータ設計における用語の違い

暗黙知についての混迷

暗黙知という言葉をご存知でしょうか?どこかで聞いたことあるという方も多いかと思います.「大事なことは言葉では表せない」というようなコンテクストで使われることが今の日本では一般的で,以心伝心とか拈華微笑などとも同意です.因みに,拈華微笑とは,金波羅華の花を拈って見せたお釈迦様に,十大弟子の一人の大迦葉だけがにっこりと微笑んだという説話からきていて,これによりお釈迦様は大迦葉に仏教の真髄が伝わったことを知るわけです.このような話が不言実行を美徳とする日本人のベースにあったのでしょう,経営学者の野中郁次郎先生が,徒弟制度の伝統に由来するノウハウ的な知識の存在を日本的経営の強みとして世界に紹介[1]したとき,それは直ちに日本で流行したのです.

その際,この「言葉に表せない知識」を暗黙知と名付けたたことから混迷が始まります.なぜならば,暗黙知とはもともとハンガリーの物理科学者マイケル・ポランニーのTacit knowing[2]の訳語として使われており,両者は異なった概念であるからです. 試みに,Googleで暗黙知を検索した最初の3ページの結果を表2に示します.ここで並記としているのは,Wikiやコトバンクのような辞書系のページが多く,その他とあるのは,暗黙知の中身には触れていないAmazonのページです.斜め読みですので判別の間違いはあるかもしれませんが,概ね日本では野中先生の暗黙知が主流になっているようです.この中にはポランニーを参照しながら,その説明は野中先生の暗黙知であったりする,やっかいな解説もありました.

野中先生の暗黙知がこれだけ広まってしまった以上,私はポランニーの暗黙知は訳さずTacit knowingと英語のままにするのがよいように思います.とりあえず,本日の話では暗黙知という言葉を使いますが,それはポランニーの暗黙知を指しています.

1ペー目2ページ目3ページ目
ポランニーの暗黙知220
野中先生の暗黙知3810
並記400
その他100
表2 「暗黙知」のGoogle検索結果 (件数)

暗黙知とは何か?

それでは,ポランニーの暗黙知とはどういうものでしょうか?実は,これがなかなか説明しにくい概念なのです.実際ポランニーの「暗黙知の次元」[2]を読んでも「暗黙知とは〜である」とははっきりとは書かれていないので,読んでいてもどかしさを感じます.もともと,1962年のイェール大学における講義を元にして書かれているというだけあって,哲学書というほどではありませんが,やや難解な本ではあります.暗黙知についての解説はこの補足の守備範囲外ですが,「暗黙知の次元」[2]に出てくる煉瓦職人の例を私なりに以下に解説してみます.

ここに一人のレンガ職人がいて,日夜良いレンガを作ろうと様々な工夫を凝らし,職人としての腕を磨いているとしましょう.彼にとっての良いレンガとは,耐久性に優れた丈夫で安価なレンガであって,そのためにレンガの製造工程では工業技術的原則や彼の経験による原則の制約を受けています.このレンガが何に使われるかに視点を移すと,そこにはこのレンガを使って良い家を建てようとしている建築家がいます.良い家とは,安全性,居住性を兼ね備えたものであり,そのため建築プロセスは建築学で記述されている原則に支配されています.更にこの家の集合体としての街に視点を移すと,そこにも良い街を作ろうとしている都市設計家がいて,やはり都市設計として従うべき原則に支配されています.

一方,レンガ職人の下位に視点を移せば,そこにはレンガの材料を供給する会社の技術者がいて,その製造プロセスは物理学や化学の原理に支配されています.以上の記述を表3にまとめておきます.

主体対象システム目指すもの支配する原理
原料業者煉瓦の材料よい粘土粘り,肌理,色,値段物理学,化学
煉瓦職人煉瓦よい煉瓦精度,硬さ,手触り,色,値段工業技術
建築家よい家安全性,快適性,居住者の満足度C/P建築学の規定
都市設計事務所よい街安全性,景観,利便性都市設計の規定
表3 煉瓦職人の例

ここで,この階層システムに次の法則が成り立っていることがわかります[2]. それぞれの階層は次の二重の原理に支配される. 各階層の諸要素それ自体の原理 各階層の諸要素によって形成される包括的な存在を支配する原理 下位のシステムはすぐ上のシステムに制限を課す. 直下のシステムが上位システムの支配を免れるとその上位システムは機能しない 下位システムの諸要素を支配する原理によって,より上位システムの原理を表すことはできない. 包括的な存在とは,下位システムから見て上位システムを包含したシステムのことです.本日の話では包括システムと呼んでいます.

ここには,物理,化学だけでは住み良い街は設計できないという,要素還元主義に対する批判があり,もともとポランニーの議論はそこを目的としていたようです.この議論の過程で,このような階層性こそがシステムの本質であり,この一連の階層性の中で順々に上位のシステムに至る人間の知の動的プロセスを発見したポランニーは,それを暗黙知と呼んだのです.即ち,ポランニーの暗黙知とは,次々と新しく高次のレベルの認知が形成されていくという一連の進化のダイナミズムであって,「言葉にできないものの知ることができる」という人間の生得的な認知能力なのです.

創発について

更に,この暗黙知によって上位のシステムが下位のシステムに包括的に認知され,そこに新たな性質が芽生えるとき,ポランニーはそれを創発(emergence)と呼びました.即ち,暗黙知が創発をもたらすという意味において両者は同じものと考えていいでしょう.この創発とは,様々な学問分野で使われる学術用語で,一般的にはあるシステムにおいてその構成要素が 独立して機能しているときには見られないが,全体として機能したときに発現する 特性(現象)のことです.

例えば,水の分子が独立して運動している状態からは予想もできない相転移という水の分子集合体の共同現象が一定の温度,圧力下で発生することは周知です.その他にも,蟻の行列などの生物現象,交通渋滞などの社会現象をはじめ自然界の様々な局面だけでなく,ライフゲームのような生命をシミュレートした一定のアルゴリズムにおいても出現します.

因みに,ポランニーの思考実験によって予見されたシステムの創発性は,この後1977年にノーベル化学賞を受賞したプリゴジンの散逸構造の理論における自己組織化としてその存在が裏付けられました.散逸構造の理論はカオス理論や共同現象等と同じく非線形性の科学の範疇にある理論ですが,それによれば,システムの創発性のメカニズム[3]は 1.階層構造を持つシステムのレベル間に非線形な相互作用が働き, 2.下位レベルの個々の構成要素の自由運動が上位レベルの全体的なパターンを生じ, 3.そのパターンが下位レベルの個々の構成要素を間接的に支配する. というものであると解明されています.

煉瓦職人の例に戻りますと,彼が暗黙知を働かせて,即ち作った煉瓦による街並みを思い描いたとき,彼にとっての良い煉瓦作りは新たな意味を持つでしょう.そこで創発が発現したならば,従来にないより良い煉瓦をいずれ作れるようになるかもしれません.しかしながら,暗黙知は誰にでも備わっているとはいえ,それを働かせなければ創発は発現しません.パラメータ最適化を実施する技術者の場合は,どうすれば暗黙知を働かせることができるのでしょうか.それが本日の話の主題です.

本日の話の主題の着想を得たエピソード

私が上述の主題の着想をどこから得たかをお話しします.私の持っている立体形状の革鞄についてのエピソードです.通常,革鞄の製造にはまずサンプルを製作しますが,その際,まず型紙を作ってから,それをもとに革を裁断し,その後縫製にかけてサンプルを完成させ,仕上がりをチェックします.ところが,この立体形状の鞄は,腕のいい職人さんがいきなり縫製してサンプルを作成し,仕上がりがよければそれを分解して(量産のための)型紙にするということです.即ちサンプル作成工程では表4の二つの種類があり,立体形状の鞄は熟練職人の手によるものであるということです.

職人のキャリア前工程後工程立体形状
普通型紙縫製(鞄)NG
熟練縫製(鞄)型紙OK
表4 サンプル鞄の製作工程

この話を聞いたとき,私は暗黙知がそこにあること理解しました.表4の二つの工程では,その機能性から型紙工程が下位で鞄の縫製工程が上位にあるわけですが,時間経過の観点からは前後の工程が入れ替わっています.考察すると,熟練職人の後工程は単なる分解ですから,実は前工程である鞄の縫製工程は型紙作成と縫製とが包括された工程であることがわかります.この包括システムの制御は誰でもができるわけではなく,熟練した技能が必須です.(ここに野中先生の暗黙知が出現してくるので話がややこしくなるのですが,今はこちらは脇に置いておきます.)

重要なことは,熟練した職人であっても先に型紙をつくる通常の工程では立体形状の鞄は作れないということです.即ち,暗黙知を働かせなければ腕があっても失敗するということです.それでは,普通の職人が立体形状の鞄をつくるにはどうしたらようでしょうか.このテーマは,そのまま本日のテーマに繋がります.即ち,普通の技術者が今までのやり方ではできなかった仕事を達成するにはどうすればよいでしょうか. ここで普通の技術者というのは,優秀でないということではなく,取得に長期間を要する特殊技能を持っていないという意味であることに注意が必要です.鞄職人と違い,我々には実験計画があるのですから,特殊技能は統計モデルによる最適化設計として原理的に再現できるはずです.

但し,第三の目である鳥の目を使ってシステムの階層を辿り,暗黙知を働かせなければなりません.(基本的に暗黙知は誰にでも備わっている認知能力ですあることを思い出してください.)ここから先の具体的な手法については本日のお話で紹介します.

実験計画のすゝめ

少し長くなってしまったので,ここのところは,「JMPではじめる統計的問題解決入門」で書いたことと同じでもあるので省略します.「データサイエンス」のほうしかお持ちでない人のために,加筆・修正して来週投稿するかも.

さいごに

普段考えていることのほんの一部を書かせていただきました.ぜひJMPユーザーの皆様と,HOPE勉強会の場でこのような議論をして,考えを深めていきたいと思っています.その際には,可能な限りで構いませんので,実際のデータがあれば,具体的な議論ができます.JMP12には変数名や質的因子の水準名を隠蔽するデモデータ作成の便利な機能も実装されましたので,ひと手間かければ機密保持は十分可能と考えています.

本日の内容についてのご質問等は遠慮なく,別に提示しますアドレス宛にメールをお送りください.ご参考までに,本日の魚の目の最適化について少し詳しく論じている文献[5]も配布いたしましたが,こちらの内容でも構いません. それでは,JMPを使って楽しくDOEをしていきましょう.

【参考文献】

[1] 野中郁次郎「知識創造企業」東洋経済新報社(http://www.amazon.co.jp/知識創造企業-野中-郁次郎/dp/4492520813)

[2] マイケル・ポランニー,高橋勇夫訳「暗黙知の次元」ちくま学芸文庫(http://www.amazon.co.jp/暗黙知の次元-ちくま学芸文庫-ポランニー-マイケル/dp/4480088164/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1444519673&sr=1-1)

[3] 栗本慎一郎「意味と生命 – 暗黙知から生命の量子論へ」青土社(http://www.amazon.co.jp/意味と生命-栗本慎一郎/dp/4791743148/ref=sr_1_6?s=books&ie=UTF8&qid=1444519843&sr=1-6&keywords=意味と生命)

[4] Nordström, Kenneth (1999), “The life and work of Gustav Elfving”. Statistical Science 14 (2): 174–196

[5] 三井正,2015,「統計モデリングを用いた合意形成」,目白大学経営学研究 13,47-59

また来週.それでは.

統計的問題解決研究所

コメント